ステテコと和歌の心 

明治にステテコと呼ばれることになった「ももひき」であるが、じゃあ、その起源はどうなんだ。
つまりステテコの本当の起源はどうなんだ。
これについて、ファッションやオシャレとは、関係のない方面から書いてみる。

万葉集には、詠み人知らずの和歌「ももしきの 大宮人は 暇あれや 梅をかざして ここに集へる」というのがある。
小倉100人一首には、順徳院(鎌倉時代)の「ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり」が、ある。
・・・だが、残念なことだが、この「ももしき」は「ももしき」であって「ももひき」ではない。もも=百 しき=敷石 で、たくさんの石が敷いてある場所、宮中を意味している。古典の授業で最初に聞いた時には、「ん?」と思ったんだが。
残念だが、ステテコ、ももひきの起源を、万葉の時代、鎌倉の時代に遡るのは、やや無理があったと思う。
許せ、ステテコ。俺の力が及ばなかった。

気を取り直してネットで探してみたが、ステテコを詠った和歌はなかった。ああ、ステテコよ。このままでは、ステテコが可愛そうだ。ステテコは、こんなにオシャレで、すばらしいファッションなのに、和歌になっていない・・。しかたないから、自分で、ステテコのために、ステテコの和歌を作ることにしよう。

「春すぎて 夏来にけらし 白妙の ステテコほすてう 天野ベランダ」

春が過ぎて、すっかり夏がきたようだ。ステテコが、天野さんの家のベランダに干してある。、ステテコは、夏の日差しをあびている。ステテコの白が輝くようにまぶしくて、とってもファッショナブルでオシャレだ。

なんか洗剤のCMみたいな和歌になってしまったが、ステテコを詠んだ和歌としては、世界初かもしれない。

盗作?インスパイア?ちがいます、本歌取りという和歌で当たり前に使われる手法です。夏と白に注目し、その輝きをエンハンスし、ファッション性を見出し、オシャレな歌にしたんです。

もうひとつ。
「たわむれに、ステテコ背負いて、そのあまり、軽ろきに 泣けて 三歩歩まず」
現代語訳は、省略するが、ステテコに対する、詠み人の愛を感じてもらえば、幸いだ。

好きだ、ステテコ。大好きだ、ステテコ。

どうだろう?あなたも、ステテコを好きになってくれただろうか。


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